ひとりで生きるためにまずはじめにすること〜消費者をやめる〜

あなたはどんな生き方をしたいだろうか?

 

今の生き方に満足しているだろうか?

 

もし、満足していないなら、あなたの近くにいる友人、知人、パートナーなど5人くらいを思い浮かべて欲しい。

 

 

その5人の平均値があなた自身だ。

 

もし、周囲に愚痴を言ってばかりいる人が多いならばきっとあなたも知らず知らずのうちに愚痴を言っているはず。

もし、周囲の人がテレビの芸能ネタとかネットの怪しいニュースに夢中ならば、きっとあなたも同じように情報に支配されているはず。

その5人から見えている景色は、無理に動かない限りずっと同じ景色のはず。

 

そして、その5人のうちの誰かが違う景色を見ようとしたなら、何がなんでも阻止しようと動くはず。

それを「友情」だとか「愛」などという美しい言葉を使って。

 

じゃぁ、どうしたら違う景色が見えるのですか?ということなんですが、すごく当たり前なんですが、あなたが違う景色を見たいなら、また今の景色に嫌気が差したのなら、その5人から抜ければ良いだけの話。

思うのですが、この抜けるに抜けられない状況にいる人がいかに多いことか。

そして、そのままメンバーに巻き込まれてしまうパターンを繰り返しているのではないか。ストレスに押しつぶされて病気になったり、死ぬまでずっと。

 

これは社会や人々から背を向けなさいという話ではない。

群れるのをやめるという意味だ。

群れるのは自分が小動物などの小者であることを認めているようなもの。

そんな考えで一人で生きていけるはずがない。

 

今回、私はメンターを見つけてそのメンターから見える景色、つまり思想や体験を覗くように聞かせてもらうことで、まるで違う世界があることを知った。

それまでは違う景色があるなんて、どこかでは信用してなかったかもしれない。

でも、違う世界は確かにあった。

その人たちは人に感謝をされることで多くの富を生み出し、それにも関わらず暴飲暴食などの贅沢をしていない。

 

ひっそりと生きている。

 

インスタで食べ物を自慢したりしない。

変顔をして後々のこるSNSにアップしたりしない。

嫌で仕方がない付き合いの飲み会などにも参加しない。

 

よく考えたら、このようなことは消費者のモデルであり、全てが販売者の思うツボになって働かされている。

しかも、お金を使って働かされている。

そして、やった後に大きなストレスと絶望を感じている。

 

・・・なんの意味があるのだろうか?

 

消費者である限り、ずっと消費し続ける人生だ。

 

そう、それは当たり前ではない。自分で「当たり前なはずだ」と思い込んでいただけであって、その結果周りも同じような価値観の人たちが集まってきただけ。

 

自分では知らない世界が実はあったのだ。自分には、自分の周りにはいなかった人たちがいたのだ。

それも、自分が違う世界を求めたから見つけられたのだと思う。

 

この数ヶ月、私は一人でやっていることの限界を感じて、自分のちょっと先を行くメンターを必死で探してきた。

何人もの人の音声を聞き、サイトに訪問をし、メルマガを読んできた。

そして、ようやく見つけた。探したから見つけられた。

それも、自分で目標が見えたから見つけられたのだと思う。

 

 

今までと違う景色を見たいなら、今までの習慣を変えることだ。

 

テレビをつけっぱなしにしているなら、テレビを消す。

ネットの怪しい噂話などに興味を持たない。

 

このようなことは、すべて他人の生き様を覗いているだけ。

 

女優の浮気も、相撲界のタブーもはっきり言って自分には何も関係ないじゃないか。

 

私たちは自分の人生を生きるべきだ。

そのためには真剣に自分の人生を考えなくては始まらない。

人のことをジャッジしたり、軽蔑して笑っている場合ではない。

 

そう、自分に意識を向けることからすべてが動き出す。

 

あなたはそう思わないか?

 

 

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